人材の確保・定着を実現するための人材育成と
活用したい助成金

トラヴェシア社会保険労務士事務所 平松利麻

ここ数年、人事労務を取り巻く状況は大きく変わりました。なかでも一番の変化は採用が難しくなったことです。これは一過性のものではなく、少子高齢化というわが国の人口構造によるものであり、これからの企業経営においては人材の確保・定着が最も重要な課題であると言えます。政府が推し進めている働き方改革も、人材不足時代を乗り切るための施策なのです。

最近の若い社員は、「長期間、安心して働けるか」・「自分が仕事を通じて成長できるかどうか」、という点を重視しているということが、産業能率大学の調査によって明らかになっています(図1)。つまり、「将来においてライフイベントが起こると働き続けられない会社であり、この会社にいても成長できない」と感じたら、辞めていく可能性が高いということです。

※学校法人 産業能率大学 「2017年度新入社員の会社生活調査」より抜粋

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人材確保を実現するための3つのステップ

では、企業は人材不足を乗り切るために、どのような策を講じれば良いのでしょうか。それは、将来のライフイベントに応じて様々な雇用形態で働き続けることができ、仕事を通じて成長を実感できるような制度や取組を行うことです。
つまり、以下の3つのステップを踏んで仕組みを構築することが有効と言えます。

  • 【Step1】キャリアアップできる環境の整備
  • 【Step2】能力向上の機会付与
  • 【Step3】仕事に見合った評価・賃金制度

しかし、中小企業で人事労務担当者の人数も限られている中、効果的な取組を企画し実行するには、大きな負担となります。そこで活用したいのが助成金制度です。

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助成金制度を活用しましょう

・助成金を活用するメリット

助成金制度は、政府が奨励する先進的な取組を行うことにより、金銭的な助成が受けられるものです。それぞれの制度は大変緻密に設計なされており、制度に定められた取組を会社が主体的にきっちりと行うことで、以下のメリットがあります。

  • ①社内制度が整備できる
  • ②制度を継続的に運用できる
  • ③先進的な働き方改革の取組が無理なく導入できる

また、助成金によっては取組が円滑に進むよう、専門家による無料のサポートが受けられるものもあります。これらのメリットは、助成金支給以上に大きいものであり、助成金の支給対象ではない企業でも制度を活用する価値は十分あると考えます。

・助成金活用で押さえるべき2つのポイント

①助成金制度の変更を要チェック

助成金制度は毎年度リニューアルされ厚生労働省から発表されますが、制度によっては年度途中に取組内容の見直しや助成額の変更が行われたり、予算の上限に達し受付が締め切られたりする場合があります。また、各助成金にはリーフレット等が公開されていますが、かなり細かい条件等が設定されており、人事労務担当者がいきなり単独で進めるには、ハードルが高いと言えます。そのため、管轄する都道府県労働局の部署に電話や訪問の上、相談しながら取組を進めていくと良いでしょう。今回ご紹介する助成金のお問合せはすべて、「ハローワーク」または「都道府県労働局 職業安定部 職業対策課」です。

②新しい制度導入に伴う業務への対応

人材を確保する3つのステップでは、キャリアアップ、能力向上、評価・賃金という制度の変更や見直しを伴います。新たな制度に合わせて社員を管理し、処遇する業務が発生しますので、漏れなく適切に行える仕組みを検討しましょう。

それでは、社内で人材・確保定着に繋がる取組を進める際に取るべきステップ毎に、その内容と活用できる助成金についてご紹介していくことにいたしましょう。

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ステップ別 ぜひ活用したい!助成金のご紹介

【Step1】キャリアアップできる環境の整備

期間を定めて雇用しているパートタイマー等の非正規社員について、頑張ってくれているのであれば、さらに活躍の場を広げてその能力を発揮してもらうために、正社員等に登用したいと考える企業が増えています。

「キャリアアップ助成金 正社員化コース」

2018年4月には、改正労働契約法の無期転換ルールにより、有期の労働契約を更新して5年を超える場合に無期転換申込権が発生するケースが出てきますが、人材の囲い込みのためにも、単なる無期ではなく正社員にしようという動きも見られます。特に人材不足が深刻な小売り、飲食、福祉などの業種では顕著です。実務としては、正社員登用制度の整備と運用が必要となりますが、このような場合に活用できるのが「キャリアアップ助成金 正社員化コース」です。

有期から正社員に登用した場合、中小企業では登用した社員1人あたり57 万円が支給されます。また、生産性要件(※1)を満たすとさらに15万円増額され、72 万円が支給されます。この助成金は大企業も対象となっており、1人あたり42.75 万円、生産性要件を満たすと54 万円が支給されます。ほかにも、有期⇒無期、無期⇒正社員、といった登用を行った場合にも、上記と金額は異なりますが支給されます。

<ワンポイントアドバイス>非正規社員を正規社員へ転換する際に気を付けたいこと

まず、平成29年4月1日以降に契約期間が通算5年を超える者を事前に把握します。その上で、無期転換させる場合の労働条件について社内で検討しましょう。無期転換=正社員にしなければならない、というわけではなく、法的には、特に会社が定めない限り、期間の定めの有無以外は、無期転換前と同じ労働条件となります。
しかし、せっかく無期にするのであれば、これまでよりも高い目標を持って働いてもらいたいという会社も多いのではないでしょうか。その場合は、新たな労働条件を会社が定めた上で無期転換者用の就業規則を作成し、対象者に当該就業規則および個別の労働条件を提示した上で、無期転換するかどうか書面で意思確認を行いましょう。正社員に登用する場合は、正社員登用用試験の受験資格や試験内容、実施時期などを事前に就業規則に規定し、運用する必要があります。
なお、有期契約社員は、人によって入社日や契約期間が異なることが大半ですので、知らない間に5年を超えていた、というような事態が起きないよう、個別の契約内容を管理し、定期的に確認するようにしましょう。

【Step2】仕事を通じて成長するための能力向上の機会付与

仕事を通じて成長をするためには、社員が自身の能力を向上させることのできる機会を与えることが必要です。実務としては、社員の年齢やこれまでのキャリアなどに合わせ、OJTやOFF-JTといった形式を組み合わせて効果的に研修を実施することが求められます。このような研修に活用できる助成金は、対象が正社員か非正規社員かによって異なります。

①正社員の能力向上には・・・「人材開発支援助成金」

・特定訓練コース

対象者を特定し、その対象者に合った研修を実施した時に助成が受けられます。具体的には以下の内容となります。
 
 ①認定実習併用職業訓練(新入社員向け・OJT付)
 ②中高年齢者雇用型訓練(中高齢者向け・OJT付)
 ③若年人材育成訓練(採用5年以内かつ35歳未満の若年者向け)
 ④特定分野認定実習併用職業訓練(建設業・製造業・IT等向け・OJT付)
 ⑤グローバル人材育成訓練(海外関連業務に従事する人材育成)
 ⑥労働生産性向上訓練(職業能力センターや専門実践教育型訓練等を受講)
 ⑦熟練技能育成・承継訓練(熟練技能者の指導力強化や技能承継)

・一般訓練コース

特定訓練コースに当てはまらない研修に対して助成が受けられます。

特定訓練コース・一般訓練コースとも、研修を実施した時間の賃金に対する助成(OJTについては実施した時間に対する助成)と、研修に要した経費に対する助成が受けられます。なお、中小企業と大企業(※2)では、助成額および助成率が異なります。

表中の( )内は大企業の助成額・助成率

②非正規社員の能力向上には・・・「キャリアアップ助成金 人材育成コース」

非正規社員に対する研修を実施したい場合は、「キャリアアップ助成金 人材育成コース」が活用できます。一般職業訓練(OFF-JT) または有期実習型訓練(「ジョブ・カード」を活用した OFF-JTとOJTを組み合わせた3~6か月の職業訓練)を行った場合に助成されます。前述の人材開発支援助成金と同様に、賃金助成と経費助成の両方を受けることができます。

<ワンポイントアドバイス>従業員ごとに必要な研修を見極めましょう

最初に、正規・非正規を問わず、仕事内容や責任に応じて必要なスキルや資格は何かを整理してみましょう。次に、その仕事を任せたい社員が保有するスキル・資格を定量的に把握します。その上で、不足部分を補う研修を実施することが重要です。この過程を踏むことで、社員が仕事をする上で本当に必要な能力を高めることができ、結果として生産性向上やそれによる助成額増加につなげることが期待できます。

【Step3】仕事ぶりが評価されフィードバックされる仕組づくり

仕事を通じて成長できたと実感するには、その仕事ぶりが適切なタイミングで正しく評価され、本人にフィードバックされるような仕組みを作る必要があります。例えば、人事評価制度やその評価を反映した賃金制度などが挙げられます。

①人事評価制度の導入には・・・「人事評価制度改善等助成金」

人事評価制度を導入するにあたって活用できるのが、「人事評価制度改善等助成金」です。この助成金は、政府が進める働き方改革の中でも重要視されている生産性の向上と人材不足の解消のため、人事評価制度と賃金制度を整備することを通じて生産性向上を図り、賃金アップと離職率の低下を実現した場合に助成されるものです。

人事評価制度及び賃金制度を整備した場合にまず50 万円が助成され、人事評価制度等の整備から1年経過後に、生産性向上、賃金引上げ及び離職率低下の目標を達成した場合、更に80 万円が助成されます。
 なお、同助成金は申請が集中していることから年度途中であっても、予算の上限に達して締め切られる場合もあります。申請を希望する場合は、早めに行うことをお勧めします。

②賃金制度の導入には・・・「キャリアアップ助成金 諸手当制度共通化コース」

働き方改革の大きなテーマの一つである「同一労働同一賃金」を実現するため、正社員と非正規社員との間に共通の諸手当を導入する場合に活用できるのが、「キャリアアップ助成金 諸手当制度共通化コース」です。
中小企業は1事業所当たり38万円(生産性向上の場合は48 万円)、大企業は28.5 万円(生産性向上の場合は36 万円)が助成されます。対象となる諸手当は、①賞与、②役職手当、③特殊作業手当、④精皆勤手当、⑤食事手当、⑥単身赴任手当、⑦地域手当、⑧家族手当、⑨住宅手当、⑩時間外労働手当、⑪深夜・休日労働手当の11種類で、これらのうちいずれかを新設する必要があります。なお、対象となる手当かどうかは、名称ではなく手当の性質と金額により判断されるため、詳細は助成金のパンフレット等でご確認ください。

<ワンポイントアドバイス>適切な人事評価制度の準備を

正社員だけでなく非正規社員も、仕事に応じた評価制度を用意し、人事評価を行う必要があります。さらに、その評価結果に基づき、各種手当の額を算定することが求められます。

以上、助成金を活用した人材の確保・定着に繋がる人事制度の導入について、ステップ別にご紹介いたしました。
助成金の対象となるのは、まだ法律で義務化されていない先進的なものであり、助成金を受けられるということは、「御社は先進的な取組が出来ている会社です」というお墨付きを得るようなものです。
ぜひ、人事労務ご担当者が中心となって主体的に取り組み、助成額以上の成果を上げて頂くとともに、その成果を社内外に向けてPRし、今後の人材確保・定着に繋げて頂ければ嬉しく思います。
           

※1:生産性要件
生産性が一定率以上上昇した場合には助成額又は助成率の割増等を行います。
詳細は厚生労働省のホームページでご確認ください。

※2:中小企と大企業
業種別に資本金または常時雇用する労働者数で範囲が定められています。
詳細は厚生労働省のホームページにある「キャリアアップ助成金パンフレット」でご確認ください。

 

       

       

平松 利麻 トラヴェシア社会保険労務士事務所 代表

大学で臨床心理学を修め、都内の心療内科クリニックに入職。 その後、一般企業の人事労務担当を経て現職。 一方、厚生労働省和歌山労働局で労働基準監督官と共に4年間、企業や医療・福祉施設の働き方改革に従事。
臨床・産業・法律・行政と1人で4つの視点を持つ特長を活かし、セミナーからコンサルティングまで全国で幅広く活動中。著書に「事例でわかる外食・小売業の労務戦略(共著:レクシスネクシス・ジャパン・2015年)」など。

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株式会社BDO人事総合研究所 /BDOアドバイザリー株式会社 代表取締役 高瀬 武夫

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